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最高裁判所第一小法廷 昭和43年(オ)280号 判決 1969年9月11日

昭和四三年(オ)第二八〇号上告人、

同二八一号被上告人

(第一審参加人)

株式会社酒悦

右代表者(商法二六一条ノ二による)

取締役

小山亀雄

代理人

長野潔

長野法夫

松井元一

右第二八〇号被上告人、同二八一号上告人

(第一審原告堀江武三訴訟承継人)

堀江康子

外二名

代理人

柏原語六

五十嵐力

山下英幸

右第二八〇号、同二八一号各被上告人

(第一審被告)

池田新一

代理人

根本松男

藤井五一郎

上代琢禅

主文

原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

昭和四三年(オ)第二八〇号上告代理人長野潔、同長野法夫、同松井元一の上告理由および同二八一号上告代理人柏原語六、同五十嵐力の上告理由について。

原審は、本件土地建物は、昭和四三年(オ)第二八〇号同二八一号各被上告人池田新一(以下第一審被告と略称する)が右第二八〇号被上告人同二八一号上告人堀江康子外二名(以下第一審原告らと略称する)の先代武三の後見人として、右武三を代理して買い受けたものである旨の第一審原告らの主張、および右は第一審被告が右第二八〇号上告人同二八一号被上告人株式会社酒悦(以下参加人と略称する)の代表取締役として同会社のために買い受けたものである旨の参加人の主張に対し、右の主張は証拠上いずれもこれを認めることができないとし、その事情として、売主である梨本宮家の関係者は、本件土地建物の売買にあたり、買主としては信用ある個人を望み、各種会社の役員や仏教団体の会長をつとめ、社会的信用をえていた第一審被告を最適任者と判断して右物件の払下をしたものであつて、右武三または参加人会社にこれを売り渡す考えはなかつた旨、また第一審被告池田としても、武三を代理しあるいは右参加人会社を代表してこれを買い受ける考えはなく、その払下に関する契約書その他の手続は第一審被告名義で行われた旨の事実を認定している。

しかしながら、他方原審の確定するところによれば、第一審被告池田は、武三の先代の死亡した後武三の姉婿として同人の後見人に就任し、以来本件売買当時に至るまで武三一家の内部で家長と等しく一切をとりしきつていたのみならず、ひいてはいわゆる個人会社の実態を有する参加人会社の代表取締役として同会社の経営の実権を握つており、右会社の経理と武三一家と第一審被告池田個人の経理は相当混淆されていて、右買受代金も参加人会社もしくは武三一家の預金から支出した疑いが甚だ濃いのみならず、本件建物は洗心荘と名付け、参加人会社の従業員等の修養道場として用いられたことがある一方、その動力、ポンプ修繕の各費用、諸雑費のいわゆる維持費は同会社から支出されていたというのであり、加えて、宮家当局者が右払下の決定をするにあたつては、第一審被告が福神漬を売る「酒悦」という店の者ということに強い印象を受けていたというのである。

これらの事実によれば、たとえ右払下の手続がすべて第一審被告個人の名義によつて行われたとしても、第一審被告が本件土地建物を買い受けたのは、同人個人のためのみであつたとは断じ難く、売主たる宮家の関係者においても、第一審被告を単なる個人としてよりも老舗酒悦の代表者として意識し、右酒悦に対してこれを払い下げる意思のもとに本件売買契約を締結したものと推断するに難くない。まして、本人のために商行為となる取引においては、代理人が本人のためにすることを示さなくても、その行為が本人に対して効力を生ずるものであることは当裁判所の判例とするところであり(最高裁判所昭和四一年(オ)第一〇号、同四三年四月二四日大法廷判決、民集二二巻四号一〇四三頁参照)、このことは相手方が本人のためにすることを知らなかつた場合であつても、異ならない。この趣旨に徴すれば、本件の如き会社である酒悦の代表者が個人の名義を用いて売買契約を締結したとしても、その効力は直接本人である酒悦に及びうるのであつて、これが単に第一審被告個人のためにする取引であるためには、右の法理の適用を排除するに足る相当な事由がなければならないものというべきである。

しかるに、原審は、その点について十分な理由を示すことなく、前示の如き事情があるにもかかわらず、これらが第一審原告らおよび参加人の主張を支持するに足りないものとし、たやすく同人らの請求を排斥しているのであり、これは前示商行為における代理に関する法律の解釈を誤つたか、あるいは事実の認定にあたり経験則の適用を誤り、ひいて理由不備の違法を犯したものというべく、この違法は原判決の結論に影響すること明らかであるから、論旨は右の限度において理由があり、原判決は破棄を免れない。

そして、本件は、右の点についてさらに審理を尽さしめるため、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(長部謹吾 入江俊郎 松田二郎 岩田誠 大隅健一郎)

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